耐震性に問題があるビルの耐震改修工事に当たり、テナントに対する補償が問題となることがあります。耐震改修工事には、数週間から数か月かかることもあり、その間、テナントが賃借物件において営業できないことがあります。その場合、営業できない期間の賃料をどうするか、また、営業補償をどうするかが問題となります。
まず、テナントは、耐震改修工事を拒むことはできません(民法606条2項)。これを拒めば、賃貸人から債務不履行を理由に賃貸借契約を解除されることもあります。
次に、工事を行う期間の賃料については、支払義務がなく、賃貸人はこれを請求することができないと考えられます。賃貸借の本質は、目的物の使用収益とそれの対価の支払いにありますから、使用収益ができない以上は、その期間の賃料は発生しないと考えられます。
それでは、工事期間中の営業利益の補償はどう考えるべきでしょうか。これについて判断した裁判例は、私が調べた限りは見当たりません。
実務上は、円満・迅速な工事の実施の観点から、賃料の数か月分の補償金を支払うことが多いようですが、法的には不要です。民法606条2項は、保存に必要な工事を賃借人の受忍義務として定めていますし、もし契約の目的を達成することができないならば、賃借人には、賃貸借契約を解除してその損害を回避する手段が与えられているからです(新版注釈民法(15)債権(6)231頁)。
賃貸人がテナントと工事期間の補償について交渉する場合、テナントには補償金を請求する権利がないことを前提に、早期解決の観点から一定額の補償金支払いを提示すれば、全体として円満解決が図れるのではないかと思われますので、ご参考にしていただければ幸いです。